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2010年07月12日

高橋福治先生は宮崎県延岡市生まれ

大城友弥さん(沖縄盲学校出身のハートフルシンガー)との出逢いは高橋福治先生

高橋福治先生は宮崎県延岡市生まれ
「元気・やる気・勇気」継続!実践通信レター 
2010年7月9日号 No57

◆きょうの教訓

 「売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる。」
    近江商人「三方よし」の理念


◆「高橋福治先生」 ~3 ~
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 「沖縄には、きっと自分と同じような目の見えない人がいるだろう。」…盲
目の青年は、沖縄に盲学校をつくろうと決意した。盲人(視覚障がい者)の
教育や自立に生涯をかけた高橋福治先生の業績を紹介していきます。
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前回までの概要

1回目
1895(明治28)年7月7日、高橋福治先生は宮崎県延岡市生まれ。4歳のとき右目を失明。その後左目もほとんど視力を失った。当時、宮崎には盲学校がなく、小学校にも行けず、15歳くらいから読み書きの勉強を始めた。

2回目
1912年(明治45年)大分の盲唖学校入学。21歳で卒業。その後、宮崎や延岡であんまを開業。1919年(大正8年)沖縄県庁に手紙を書いた。内容は…1.沖縄には盲学校がありますか2.盲人の、あんま・はりきゅう師の試験が行なわれていますか3.盲人が、あんまで暮らしを立てることはできますか
その手紙の返事には…
1.盲学校はない2.そういう試験は行われていない3.盲人があんまで暮らしを立てる見込みはない。その返事を受け取った日から高橋福治先生は、沖縄へ渡る準備を始めた。

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 1920(大正9)年3月16日、高橋先生は、鹿児島港を出港し、沖縄へ向かった。船旅3日目の朝、那覇港に着く。市役所へ行きいろいろ話を聞いたが言葉がわからないのに当惑した。数日後、市の公会堂の一部を借りて、毎日午前中3人の盲人に点字を教えた。13歳、15歳、18歳の男性だった。

 3人の生徒が月謝を払うわけではない。市が給料を出すわけでもない。高橋先生は、午後働いて金を得なければならなかった。外へ出かけてするあんまの治療で、自分ひとりの最低の生活をし、自分と同じ盲人に、点字を教えたり、あんまを教えることが、なによりの生きがいだった。
 ある日の午後、仕事先で、目の見えない子供の話を聞き、訪ねた。両親は「目が見えなけりゃ、何ともならんはず。三味線でも習わせて人のお情けにすがらせますよ。要らんお節介は、どうかしないで…。」

 高橋先生は引き下がらず、両親の前で、点字を書いたり、読んだりしてみせた。ソロバンもやって見せた。「目が見えないというだけで、この子の大事な生涯を、だめにしてはいけませんよ。人間として生きていくために、教育を受けさせなさいよ。自分ひとりで、人間らしく生きていけるようになるのですから」。月に一度はその子を訪ねて励ました。5歳のその子は、翌々年には、高橋先生のもとへ毎日通うようになった。

 午前中は集まってくる盲人を教え、午後は仕事に出かけるというのが日課だった。その仕事の合間に、聞き込みで家庭にいる盲人を訪ねたり、物乞いしている盲人に声をかけたりした。心の中には、盲学校をつくらねばという思いが一層強く燃えがった。

   (以下、続く)

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(参考図書)  盲目の先達・高橋福治 『デイゴの 花かげ』 
  赤座憲久 作、 山城見信 絵    小峰書店
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先月、沖縄県にある沖縄盲学校と沖縄県視覚障害者福祉センターを見学
してきました、「裸一巻で沖縄へ渡り、すべての私財を沖縄の視覚障がい
者のために捧げ(寄付し)、また裸一巻になって宮崎に帰ってきた」高橋福
治先生の業績をひとりでも多くの方に伝えたいと思います。
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けさは土砂降りです。被害が出ないことを願います。
おととい宮崎県立明星視覚支援学校(旧 宮崎盲学校)から創立100周
年記念の式典と祝賀会の案内が届きました。短く細いお付き合いです
が、喜んで参加したいと思います。ご招待ありがとうございました。
式典と祝賀会は11月7日に行われます。
(2010年7月9日号 No57)
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